大相撲に人が来ないとか色々心配なこともあるんだけど、
九重部屋が気になる。
最近新入幕とか新十両とか、幕下上位とかがドンドン増えてきている。
この傾向がいつからはじまったのかは定かでないけど、大まかな時期としては千代大海の引退とリンクしているように思える。
色々な可能性が浮かんでくる。
・千代大海はスカウトが抜群にうまい
・千代大海の指導がうまい
・部屋中で千代大海のケアをしていたのが大変だった
・・・
いずれにしても九重親方が心配。
大相撲に人が来ないとか色々心配なこともあるんだけど、
九重部屋が気になる。
最近新入幕とか新十両とか、幕下上位とかがドンドン増えてきている。
この傾向がいつからはじまったのかは定かでないけど、大まかな時期としては千代大海の引退とリンクしているように思える。
色々な可能性が浮かんでくる。
・千代大海はスカウトが抜群にうまい
・千代大海の指導がうまい
・部屋中で千代大海のケアをしていたのが大変だった
・・・
いずれにしても九重親方が心配。
しち面倒の『しち』とか、『ちんぷんかんぷん』とか、よくわからない言葉。
どこまで語源を辿っていけばいいのか・・・
音韻のもつイメージとかそういうのになるとちょっとオカルト臭いし。
ところで、なんか難しそうなことを言ってる人はについては、その人が
『人はご飯食べたりとか寝たりとか、そういう生き物としての行動を色々やらないと生きて行けなくて、生きて行かなくちゃならない理由は死にたくないから』
ていうことをわきまえているかどうかで見分けてもいいような気がする。
今朝、近所を散歩していたときに、
空のプランターの上に貼られていた。
「ゴーヤを返してください。」と。
こういうのは画像が無いとダメだとは思うのですが。
おそらく、犯人は転売目的なのでしょう。
人の家から盗ってきたゴーヤで節電も何もないですから。
利権がなくなったとして、そこに生まれるのは新たな利権だと、
原発利権がなくなれば、後にはゴーヤ利権が生まれるのだと思いました。
電気がどうであれ、ゴーヤが盗まれない社会を強く望みます。
そして、早くゴーヤを返してあげて欲しいです。
時々心に穴があく。
ぐだぐだとしたものがどんどんと滲みだしていく。
それを埋めようとして試すのは、
例えばシメサバだったり、チョコレートだったり。
だけど、お酒は、そんな穴を拡げてしまう。
まだ飲んでないですけどね。
あぁ。心の穴は一人では埋められないようだ。
・・・何言ってるんだ?
・・・なんて単純でバカな俺・・・
久しぶりに「強い気持ち・強い愛」を聞いてみる。
ビールが好きです。
あと、日本酒も。
本当はそれだけで生きて行けたら良いのに、とつくづく思います。
しかし、それだけではうまくいかないこともあるようです。
最近特に感じるのは、アルコールを摂取すると、酔う、ということです。
酒中の趣を得るために飲んでいるから当然ではありますが、酔いが醒めかけた頃合いがなんとももどかしい。
二日酔いはあまりないのですが、飲酒後、少し眠った後の軽い渇きなんかも含めて、気持ちよく酔った後、すぐ醒めてくれればと思うことが増えてきてしまいました。
何か、時間をかけて取組みたいことが多くなっているのか、それとも、休息により多くの時間が必要になってきているのか、年月を重ねるにつれ、酔っている間は明晰ではいられないということをあらためて感じずにはいられないのです。
少しのビールを飲んだとしても平気という方もいらっしゃるのでしょう。
ランチにグラスでビールを・・・などといった話を見聞きするたびに少しうらやましくも感じます。
抱樽の興を大切にしたいと思えばこそ、ノンアルコールビールになんの魅力を感じず、かといって、暑中に、また、寒中思いがけず得た暖に、酒渇を抑えることも難しく、酔後を思い、とどまることが心寂しい。
次の休みには少しゆっくり酒を飲もうと考えて過ごしていると、何時、と日時を決めて飲むような酒徒にはなるまいと思っていたかつての自分に申し訳なくさえ思います。
もっとかしこくなりたい。。。
2003年のニュースなので、その後大きくヒットしたということはないのだとは思いますが。
今なら発電できるようにとかできてよりいいんじゃないでしょうか。
ソーラーパネルをつけてみるとか、風車をつけてみるとか。
満員電車に弱そうなのが問題ではあります。
後は荷物をどうするか。
やっぱり椅子のほうがいいかなぁ。
世界には椅子が足りない。
椅子の横の荷物置きは、もっと足りない。
タイトルはなんかで見かけた投資本の著者名。
ちょっと馬鹿にしすぎなんじゃないかと思う。
それはさておき、所用で羽田へ。
羽田からの帰宅は、京急線〜大門で大江戸線に乗り換え。
京急線内は、ほとんど停車駅がないこともあって、
なんとなく一体感がある感じ。
ほとんどが、飛行機を降りて目的地へ向かう人たち。
けど、その一体感は乗り換え駅で一気に消失する。
多くの人の中に紛れて、さっきまで持っていた、
『飛行機を降りた人』というグループへの帰属意識がなくなって、
普通の人に戻ることができる。
この瞬間にものすごく安心する。
スポーツ観戦の帰りなんかも同じような感じで、
グループに所属させられている感覚が強くて、帰りの電車は嫌いだ。
ユニフォームを着た人なんかだと、その帰属意識を帰宅まで引っ張らないといけない。ずっと目的を持った人として歩かないといけない。
別に珍しい格好で歩くのが嫌いなわけではない。
仕事をする格好のまま一日を過ごす人は、そのあたり大変だと思う。
常に、仕事組織に帰属する自分を抱えていないといけない。
組織としてはその方が良かったりもするんだろう。
で、離職とか、引退とか、「卒業」と表現してしまったり。
行列が嫌いだ。並ぶのが特に嫌いで、行列を見るのもあまりすきじゃない。
これも、並んだ瞬間に、何か欲しい(食べたい)人になってしまうからかもしれない。店の外はそのための場所じゃない。店の中がそういう場所だ。
けどまぁ、解放されるためのは一度所属する必要があるわけで、
「その店で食事をした人」から解放される瞬間もやっぱり心地良い。
カレー食べた人、からの卒業、といっていいかもしれません。
月曜の午前からどうでもいいですね・・・
by suzu
週末チョコレート祭り